秀吉は指が一本多い多指症だったとルイス・フロイスや前田利家の家臣が残した記録に書かれている。
後者によれば右手の親指が一本多く、信長からは「六ツめ」と呼ばれていたという。
当時(現在もそうだが)、普通は小さい頃に1本を切除し5本とするが、秀吉はいくら周囲から奇異な目で見られても6本指を生涯通し、天下人になる前はその事を強いて隠しはしなかったという。
しかし、天下人となった後は記録からこの事実を抹消し、肖像画も右手の親指を隠す形で描かせたりした。
その為に「秀吉6本指」説は長く邪説扱いされてきていた。